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東京地方裁判所 昭和30年(モ)17622号 判決

債権者 若山秋元

右代理人弁護士 青柳盛雄

債務者 斎藤重朝

右代理人弁護士 進藤与造

〈外三名〉

主文

当裁判所が、昭和三十年(ヨ)第七一七六号不動産仮処分事件について、同年十二月三日した仮処分決定は取り消す。

債権者の本件申請は却下する。

訴訟費用は、債権者の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

債務者が本件建物を占有していることは当事者間に争いのないところである。

債権者は、昭和三十年十一月二日、亀山から、広告用マツチを保管するため、本件建物を使用することについて承諾を得たので翌三日、本件建物に商品を搬入占有を開始したと主張し、又その際、債務者側使用人五十嵐と相談した結果債権者が床下物置に債務者がそれ以外の部分に商品をそれぞれ保管し占有を継続したと主張するが、この点にそうような証人若山とくの証言及び債権者本人尋問の結果はにわかに措信し難い。

成立に争いのない甲第一号証、第二号証、第八号証、証人亀山郡司の証言により成立を認め得る甲第三号証、甲第四号証の一、二及び、同第五号証、証人若山とくの証言により成立を認め得る甲第十二号証ノ一から三、証人亀山郡司(但し後記のように一部措信しない部分を除く)同若山とく(但し前記のように措信しない部分を除く)同内田よし、及び五十嵐弘(但し後記のように一部措信しない部分を除く)の各証言並びに債権者(但し前記措信しない部分を除く)債務者各本人尋問の結果を綜合すると、本件建物は亀山が所有し皮靴商を営んでいたところ、亀山は昭和二十五年の暮、債権者から金弐拾万円の貸与を受け、翌二十六年一月十六日、本件建物に抵当権を設定し、期限に弁済しないときは代物弁済として本件建物を債権者に移転する旨の代物弁済の予約をしたが、亀山は、昭和二十六年四月頃、右債務を完済したにもかかわらず、当時他人に相当の債務を負担していたので、それらの各債権者の取立を免れるため、債権者と通謀して昭和二十六年七月十二日、代物弁済により債権者に所有権が移転した旨の虚偽の登記をし、その後、亀山は他の債権者から追及されない見通しもつき、又、債権者から別途に借用した金拾八万円の借入金の弁済資金を得る必要も生じたので、昭和二十八年一月頃、債権者と協議の上本件建物を担保に他から金融を受け、それにより債権者に債務を弁済することとなり、その頃、債権者は、亀山に本件建物の権利証、名義書換の委任状、印鑑証明等所有権移転登記に必要な一件書類を渡したこと。亀山は右書類を利用して、これを妹の山県シゲに所有権移転登記をとりつつ、約旨に反して債権者に前記債務を弁済せず、債権者からその不法をなじられると山県の了解を得て債権者のため本件建物に抵当権を設定すると言い訳してその場をのがれ、又本件建物を自分が立退くような場合には必ず債務を清算すると云つて債権者を安心させ、ついに抵当権を設定せずして昭和三十年十月に至つたが、その間、本件建物は山県シゲから吉岡菊へ吉岡から中野及び橋本両名へ転々譲渡され、同年十月二日頃債務者が中野等から買い受けることになり、それまで本件建物に居住していた亀山は、債務者のため、昭和三十年十月末日限り退去したこと。債権者は、亀山から金拾八万円の貸金の弁済を受け得ることなく本件建物の所有名義を転々他に譲渡され、その上亀山が本件建物より急に立ち退いてしまつたので、亀山に対する貸金の弁済を受けられなくなることを虞れ本件建物を自己の事実上の支配下におくことにより、結局貸金回収の目的を達し得ると考え、同年十一月二日夜、亀山の移転先に同人を訪ねて、半ば強制的に本件建物に立ち戻ることを要請し、渋がる亀山夫婦を本件建物に同道してその夜は居住させ、帰宅したところ、亀山はその晩本件建物より逃げだしたこと。翌三日債権者が本件建物を見廻つたところ、亀山が居ないので本件建物を占拠するため広告用マツチの梱包を本件建物に搬入しはじめたこと、その際、債務者から、自分が前所有者中野綱等から買い受けたのであるから立ち入つては困ると苦情が出たのにもかかわらず、債権者は、本件建物は自分の承諾がなければ亀山は処分できないのであるとか亀山から本件建物使用について承諾を得たと称して、引き続きマツチの梱包を搬入したので債務者も下駄やサンダルの梱包を運びこみ、結局債務者は本件建物の床下物置部分に、債権者はそれ以外の部分に、各々商品を搬入占拠したこと、その後債権者は、商品の留守番をかねて建物の事実支配を強力にするため、そのために雇い入れた浜野を居住させたり債権者の妻の姉内田を居住せしめたが債務者の使用人等が、同月五日、実力をもつて債権者の商品や浜野の家財道具を外部に搬出し、その日は警察官の仲介により、一旦、原状に回復されたが翌七日、更に内田を、同人が居住していた三畳の部屋より追い出し、債務者の荷物をそこに搬入占拠し、十一月八日に至つて浜野及び同人とともに本件建物に居住した関根に対し、立退料の意味で六千円与えて退去させたが内田よしに対しては実力を行使し、同人を退去させ、家財道具、債権者の商品を道路に搬出し、本件建物を戸締りしたこと、を一応肯認することができる、証人亀山、同五十嵐の証言中右認定に反する部分は措信しない。

してみると以上認定のとおり、債権者は、兎も角、昭和三十年十月三日本件建物中床下物置部分を除くその余の部分を占有したところ、債務者のため、実力をもつて本件建物より排除されたものといえる。しかしながら、成立に争いのない乙第三号証、同第四号証、証人亀山郡司、同五十嵐宏の各証言及び債務者本人尋問の結果を綜合すれば、債務者は、昭和三十年十月十二日当時亀山や、千成ゴム店が居住していた本件建物を、亀山等が立ち退くことの了解の下に、前所有者中野綱、橋本常太郎から、代金弐百四拾五万円で買い受け、同日内金拾万円を支払つたが、本件建物より千成ゴム店も退去し、又亀山も、同月三十一日退去して空屋になり、亀山が債務者方を訪れてその旨を報告したので、翌十一月一日、債務者は本件建物を見て空屋であることを確認し、同日亀山郡司も同席の上、あらためて、売買契約公正証書を作成し、内金壱百弐拾五万円を支払い、亀山から地下室物置の鍵等を受領し、本件建物の引き渡しを受け、占有を承継したと認められるのであつて、債権者は、亀山に対する貸金の回収をはかる目的のため、債務者が買い受け占有を取得した本件建物に、債務者の異議を無視して強引にマツチの梱包を搬入し、又留守番を送くりこんで、債務者の占有を侵奪したものというべきである。

しかして、債務者が、これに対し、実力をもつて本件建物を奪いかえしたのは、その方法に穏当を欠き遺憾なことであるが、さりとて、上記認定のとおり、債権者の本件建物に対する支配の方法が債務者の占有を奪つてなされたものであり、且又その占有継続が極く短期間で債務者に対する関係において事実支配がいまだ安定した生活秩序を作出するに至つていない本件において、債務者に対し占有権を侵奪されたと主張できる筋合でない。換言すれば、債権者の本件建物に対する事実支配を、占有権として保護することはできないものである。

したがつて、債権者に被保全権利がないものというべく、もとより保証をもつてこれに代えることも適当とは認められないからこれを却下する他はない。よつて債権者の本件仮処分申請を認容してした主文第一項掲記の仮処分決定は取り消し、債権者の申請は却下することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、仮執行の適用について同法第百九十条を、それぞれ宣言し主文のとおり判決する。

(裁判官 宮田静江)

〈以下省略〉

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